ライン
最終更新 2001年4月5日(木)

 入院から今日まで 

治療や入院生活、体調変動、いろんな検査、今後の予定、退院後の生活、予測される予後、頭に浮かぶこと、……

化学療法 やっぱりそこそこキツイものです
カイトリルで吐気、悪心は楽になったとはいうものの、病院の食事を何でも食べようという気持ちにはなれません。食べ物の好みが変化し、その時々で特定のものしか受付ません。抗癌剤を点滴している5日間とその翌日くらいまでそれが続きました。それと24時間点滴チューブが腕の皮静脈に入り、また手術後で導尿チューブも入ってたので不自由でした。
一時帰宅 3月30日〜4月2日、4月6日〜4月8日治療の中休み
一時帰宅というものがあることに気付きませんでした。自宅に帰ってみると入院生活というものは、案外至れりつくせりだと思います。また家内がいろいろと労をとってくれている事もあらためて実感できます。やはり病気で入院というのは周りの人には大きな負担をかけるものですね。
放射線治療 これは楽
仰向けに寝て背中の方からリニアック(直線加速装置)でβ線(電子線)をあてるのですが、照射部位の前方に食道があるため、その粘膜が火傷してヒリヒリし、飲込むのに痛くなることもあるそうですが、私の場合15回目(18回で終了予定)現在、そういった短期に現れる副作用は全くありません。もちろん照射時にも何ら苦痛はありません。
手術部位 不自由なし
左の睾丸の摘出手術がなされています。手術は全身麻酔下で行われ、精索をなるべく上位で切断するために鼠頚管に沿って、つまり左足のトンと付根に沿って10cm程切開してあります。手術当日は少し痛みましたが、翌日からは全く痛みなし。1週間後に抜糸して入浴もできるようになりました。
飲み薬 数が多いと飲み疲れます
最初の2週間は点滴または静注で、その後数日は内服でステロイドを使用したので、消化管潰瘍を予防するH2ブロッカー(ガスター20)を、手術部位と全身の感染予防で抗菌剤が3種類。当初便が出なかったので緩下剤、その後水様便になり下痢止め(ビオフェルミン)を5日間、また自分の好みで胃薬SM散。3週目に入り肝機能低下でウルソとグリチロン。多いときは5種類くらい一度に飲まねばならず、ただでさえ食欲の無いときには、結構これがこたえます。薬物ではないけど、友人が持って来てくれた北米産プロポリスカプセルも最近飲んでます。白血球が低下しないそうです。
点滴 じ場所だと痛くなる
同じところから24時間ずっと点滴が入っていると、長くても3日間位でそこが痛くなったり、液が漏れたりするようです。単位時間に入る液の量にもよるみたいですし、液の種類でも違うみたいです。1本500mlを3,4時間位で入れてるとオシッコにしょっちゅう行きたくなります。その意味では身体の自由が利かないときには導尿チューブが入ってる方が楽ですね。
食欲 無いのは抗癌剤を実際に使用している間だけ
当初の数日はあまり食欲というものがなかったのですが、頭に浮かぶ”あそこのコレ”だけは入る気がして家内に買ってきてもらい、それを食べてました。なかで一番先に浮かんだのがカツカレーでそれを大方食べてしまったので周囲の人間には呆れられてしまいました。抗癌剤の点滴が終了した翌日くらいから食欲は全く正常になり、その後ますますよく食べるようになっています。体重は明らかに増加しています。ステロイドを使用していることも食欲増大と関係があるとドクターはコメントしてますので、きっとそのせいです。ずっと食べて美味しいと思ったのは酸っぱい果物。デコポンが特に助けてくれました。ツワリみたいなもんですかね。
吐気 時々オエーっ
始めの5日間くらいは時々オエーっとなりましたので枕元に容器を置いていました。そんなに食べているわけじゃないので、胃液しか出てこないのですが。でもその後は吐気は全くありません。第二クール以降はどうでうかね。ちょっと不安です。
入浴 脳外科病棟は8階。眺めが良い気持ち良いお風呂
手術後一週間で抜糸で、その翌日から入浴OK。その間、看護婦さんに身体の清拭とベッドサイドで洗髪してもらいました。入浴は風呂場が空いていればいつでも可。お風呂が大好きの私には何よりの楽しみです。白川と3号線越しに熊本市中心部が見渡せます。
運動機能 歩けるまで回復
入院した当初、立ち上がれるが歩けない状態でしが、脊髄の圧迫が解消されてきて、徐々に回復。歩行器を使用して自分で放射線治療に通える位にまで。また短い距離なら歩行器なしでも2本の足だけで歩けるようになりました。また位置覚もかなり改善し歩き始めた当初は足元を見ていないと着地の感覚が無かったものが真っ直ぐ前を見て歩を進めることが出来ます。ただ長時間歩き続けると、臀部から腰にかけてシビレるような、ツルような感じがでます。
読書 暇ツブシの王様
前から溜まって本、見舞いに持って来てくれたあらゆるジャンルの本、マンガ…。一日に2冊は読めます。ただ仕事絡みの内容のものだけは読む気になりません。以前に同級生にもらってた手塚治虫のマンガですが氏の死去により絶筆となって話が途中で終っている。続が気になってしかたがありません。
嗜好品 紅茶の生活
いつもはコーヒーを飲むのですが、食欲低下期間中それを飲む気がしなくなりました。そのあたりから紅茶に凝ってます。友人が紅茶専門店で買ってきてくれたのに引き続き家内がそこから数種類購入。お湯は食事時に熱いのをポットに入れて貰ってます。酒は入院して以来飲んでません。時々ビールを思い出します。
ドクター 安心!
同級生がいろいろと面倒みてくれてますが、主治医は入局1年目の若い先生です。落ちついたGoodなキャラクターで安心してます。朝8時前からの採血などお世話をかけっぱなしです。また執刀医の先生には抜糸後まで泌尿器科から脳外科病棟に出張で処置していただきました。その他にも懇意にしていただいている脳外科の多くの先生からアドバイスをいただいております。
ナース 頭が下がります
看護婦さんは皆さん本当に親切です。若くてカワイイ人が多いのにもウレシ・ビックリ。はじめの頃はベッド上で排泄のお世話までしていただき、感謝いたしております。大学病院の看護婦さんはコワイのか、と思ってましたから嬉しい誤算ですね。中にはその容貌からは想像がつかなかったのですが、K1が好き、というキャラを誇る方もいらっしゃるようです。
病院食 なかなかイケます
病院の食事というと不味いものを変な時間に食べさせられる、という先入観があったのですが、結構美味しいものです。食器プレートが二分割になっていて、調理場から運ばれる最中にその半分だけが加熱されるようなワゴンがあり、暖かい食事が楽しめます。配膳の時間も朝が8時、昼が12時、夕方が6時と世間並みです。食欲のなかった期間は全部食べてます。
毎日の検査 検査で結構忙しいものです
血圧と脈拍数、体温が朝夕2回。他にほぼ毎朝8時に採血があり、白血球数、血小板数、AFP・HCG・LDHなどの
腫瘍マーカー、GOT・GPT・γ-GTPなどの肝機能関連その他を追います。これらの数字は思いのほか毎日変動するものですし、面会の可否や腫瘍そのものの縮小程度、次の化学療法再開の時期や投薬量決定の為に不可欠です。
MRIとCT 身体の輪切り、中味がよくわかります
MRIは初日の手術前と化学療法の第一クールが終った時点の2回撮影しました。
最初増大した胸椎体に転移した腫瘍組織が中の脊髄を圧迫している像があったのが、化学療法と放射線による治療で見事縮小し、脊髄神経は圧迫から開放されきれいな形に回復していました。また全身に対する造影CTも途中で撮影しました。これは脊髄以外に転移が無いかをみるためのもので、結果が陰性。ただ肝臓に一部影があり、恐らく嚢胞であろうが精密検査(腹部エコー)しよう、ということに。
腹部エコー 肝臓にも転移?嚢胞でした
腹部エコーは検査に痛みなどは伴いません。腹の皮膚にゼリーを塗ってタバコの箱くらいのセンサーを押し当てるだけ。検査結果はやはり腫瘍の転移ではなく嚢胞ということでした。嚢胞自体は放置してよいとのこと。良かった…。
Gaシンチ 核医学。全身の転移の有無を探る
数時間という非常に短い半減期をもつGa(ガリウム)をまず静注し、3日後にシンチグラムでチェックします。検査は30分ほど寝ているだけです。こちらも胸椎以外の転移に関しては陰性という判定でした。
腫瘍マーカー 腫瘍の縮小や再発.・転移はこれで追う
精巣腫瘍にはいくつかの組織形があります。中には腫瘍マーカーを産生しないタイプのものもありますが、それぞれの組織形で出てくる腫瘍マーカーが異なります。私の場合、セミノーマと非セミノーマが混在する混合腫瘍ですから、追うべきマーカーは主に3種類。AFP、HCG、LDHです。治療がある程度すすんだ今日現在、AFPは当初に比べると2桁ほどの低下があり(まだ正常値には遠いけど)、HCGは検出限界以下に、またLDHは正常範囲に入ってきました。
副作用 放射線や抗癌剤には副作用あり
夫々の治療の副作用は「精巣(睾丸)腫瘍とは?」のページからリンクをたどっていただくとして、私の場合放射線に関しては別にこれといって困ったことはありません。抗癌剤の方は、点滴している最中の吐気(それほど大したものではありませんが)、白血球減少、肝機能低下、下痢など。それに頭髪脱毛です。他に腎臓の障害もでるそうですが、これは今のところありません。
白血球減少 白血球が1000以下になると感染の危険性が増大
抗癌剤投与1週経過あたりか徐々に下がりはじめ、最低1600まで低下しましたが、ノイトリルの皮下注射で持ち直し、現在は谷を越して自然に元のレベルまで回復しています。
面会の可否 白血球低下時にはダメ
感染の危険があるので、白血球低下時には面会はムリです。特に子供はいけないそうです。低下気味のときも面会時には病室入口に備えてある使い捨てマスクをして入室しなければいけません。
下痢と便秘 どっちもイヤだけど…便秘→下痢→正常へ
入院当初は腹部の感覚が無くなっていました。皮膚表面の知覚もそうですが内臓も同様で、腸が上手く動いてくれない。手術後4日間は排便なく腹が張って苦しい。胃に入ったものがその出口でつかえている、という感じで朝食、昼食は何とか入るのですが、夕食は全く入りませんでした。食欲がないのではなく胃の中味がずっと残っていてそれ以上はもう入らない感じで、そのうち今度は水様便が4日間続きました。まあ持続期間と程度にもよるでしょうが、全く出ないより下痢でも出ているほうが楽。下っていても腹痛等の不快症状はありませんでした。病室が個室で部屋のトイレにウォシュレットがあり大助かりです
肝機能障害 ガンバレ!沈黙の臓器、肝臓
まあ、これだけいろんなクスリを継続して使用すれば、薬物の解毒を腎臓と分担する肝臓に負担がくるのは当然ともいえます。検査データで異常な数字が出ても全く自覚症状はありません。このあたりが肝臓病のイヤなところでもあるのですが。肝機能に問題が生じることは、化学療法の継続やその使用薬剤の分量の制限につながり、ひいてはガン治療の有効性そのものにも影響します。早く肝機能が正常化して欲しいものです。
脱毛 覚悟して病室で短く切ってもらいました
化学療法を始めて2週間くらいしたあたりで、突然脱毛jが始まりました。ゴソッと抜けます。ちょうど髪の毛が伸びていたので、抜けるとき長い毛だと余計に鬱陶しいと思い、美容室を経営する仲の良い先輩にムリをいって病室でカットしてもらいました。それから1週間くらい脱毛は続いています。今は僅かに残る頭髪がものの哀れを誘います。来週中にはすっかり無くなる?女性だと相当堪えるでしょうね。
退院後 先のことはわからないけど…
入院時点での予定では、2ヶ月で退院。その後数ヶ月は毎月1週間ずつ入院して化学療法を継続。同時にMRI撮影と血液検査で腫瘍マーカーの追跡。化学療法が終ってもMRIと血液検査は継続します。これで5年間再発や転移がなければ一応完治。そうなりたいものです。
予後 良いことを期待
精巣腫瘍自体は予後が良いのガンの代表みたいなものですが、国立大阪病院のデータでは、予後不良の因子としていくつかの条件を挙げています。そのなかで私が引っかかるのは、骨に転移していることです。その他の条件(腫瘍マーカーの値や他の転移等)は全て5年生存率100%の群に相当しています。一にも二にも胸椎転移部がどうなるか、これにかかっているようです
時分の仕事 同業の友人の計らい
開業医にとって自分のオフィスを閉鎖しなければならないのは辛いことです。私の場合、同業の数多くの友人に助けていただき、代診の先生方に手伝ってもらい、今後も含めて継続して診療できております。持つべきは友人です。ありがとうございます。
歯科医師会 ご迷惑の限りです
歯科医師会の仕事は、年度末でたくさんあったのですが全てキャンセルさせ頂きました。会長、専務理事はじめ執行部の先生方には多大なご迷惑をおかけし心苦しく思います。本当に済みません。また所属委員会の先生方にも仕事を突然投げ出し迷惑の限り、ごめんなさい。元気になったら埋め合わせします。
江原会 転勤、花見の季節
この季節、お礼やご挨拶をしたい先輩後輩がたくさんいらっしゃるのですが、礼を失することになり残念でなりません。また多くの方にお見舞いをいただき感謝いたしております。花見も欠席、残念至極。
52会 もう若くない。検診を欠かさずに
男性も厄年が終わり、やはり身体の変調が現れる歳なのです。病気になってしまった私からは、自信を持ち過ぎるなよ、と申し添えます。くれぐれも体を大事にしてください。百日紅よ、永遠に!治ったらまた遊んでね。

ライン