がん免疫療法はうさん臭いか | ||||
江川滉二(えがわこうじ) 瀬田クリニック所長 『文藝春秋』平成13年6月号より転載しました |
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国立大学の研究所(東大医科学研細胞科学研究部)で三十年間、基礎医学の研究一本で来た私が、がん治療専門の民間クリニックを開設し、一転、臨床の場に足を踏み入れてから二年が経った。このあたりで私たちが実践している免疫細胞療法という治療法を一般向けの本で紹介してみようという話になった。
ヒトの体の一部の細胞を体外に取り出して培養し、さまざまな性質を附加してから体に戻すことによって病気の治療を行う方法が最近始まっており、広く「細胞療法」と呼ばれている。免疫細胞でこれを行うのが「免疫細胞療法」。つまり免疫細胞を体外で培養・加工することによって、免疫細胞の能力を最大限に引き出そうとするものである。その中にもいろいろなやり方があるが、免疫機構についての理解が近年飛躍的に深まったことや、細胞生物学や細胞培養技術の進歩などによって可能になってきた先進医療である。
さて、原稿がほぼ出来上がった段階で、本のタイトルにはたと困った。書店に行くと「××でがんが治った!」「驚異の××療法!」などなど、民間療法(商法?)系の本が汗牛充棟。その多くが免疫力の向上をうたい文句にしている。民間療法が一概に悪いというつもりは全くない。しかし、がんはそんなに生易しい病気ではない。民間療法に限らず驚異のがん治療などというものは、残念ながら実際には存在していないのである。
もし私がこの本に「もうがんは怖くない!」式の題名をつけたとしたら、本はよく売れるかもしれないが、治療を受けながら苦しんでおられる患者さん方にどうやって顔向けができるか、というのが偽らざる気持ちだった。出版社には出版社の考えがあったが、こちらの希望も入れてもらって、『がん治療第四の選択股 免疫細胞療法とは―』(河出書房新社)で決まりということになった。
自費の出版で体験した私のこの小さな困惑は、がんの免疫療法の中で先進的な免疫療法を行おうとする場合に私たちが遭遇するより大きな困難と、おそらく無縁ではなかったろう。
クリニック開設当初から予想はしていたことだが、患者さんがこの治療を受けたいと言っただけで顔をしかめる医師もたいへん多く、がんの免疫療法が医療界の中で置かれている立場を改めて痛感させられた。先進的なものだろうと何だろうと、免疫療法という名前がつきさえすれば、うさん臭いものだという、消し難い先入観が医療界一般に広がっているのである。
その理由は大きく分けて三つほどある。
第一に、免疫療法は有効でない、という意見である。免疫というバリケードを乗り越えて成立したがんを免疫だけで抑えようとするなら、よほど強力に免疫を活性化してやらなければならない。ここが免疫療法のむずかしいところである。
第二の原因は先にも述べたように、民間療法や健康食品の一部があたかも「奇跡の治療法」であるが如き宣伝をしているため、免役療法全体がうさん臭い印象を持たれてしまっていることである。
第三の原因としては、免役療法のような治療法は治療費が高額になるという問題がある。このため、一般の医師からは金儲け主義の治療のように見られがちになる。
それでは現在正統的な治療として行われている抗がん剤治療などは、その効能が正しく患者に伝えられており、また廉価な治療なのだろうか。
抗癌剤の有効性は、一時的な腫瘍縮小効果によって判定される。これは治癒とは全くちがうことである。したがって、副作用の強い抗がん剤治療では、有効性が証明されているからといって患者さんの利益になるとは決して言えない。またこのようなことが患者さんに正しく伝えられている例が多いとは言い難い。また、新しい抗がん剤による治療の費用は免疫細胞療法のそれよりもっと高額なくらいである。ただ、健康保険が適用されるため、患者さんの直接の負担が小さいのである。
そうしてみると、抗がん剤治療がうさん臭い治療法ではないとされる原因の方が良くわからなくなってくる。
免疫細胞治療法は、まだ充分満足すべきものでは決してないが、我々のクリニックでは今までにないほどの症例が蓄積されたので、これらについて抗がん剤の効果判定と同じ基準にたって有効性の評価をしてみた。その結果からみても、現在のがん治療の三本柱(手術、抗がん剤、放射線)に加えて、治療の一つの選択肢に充分なり得るものだと考えられる。その上、副作用によって患者さんのデメリットになることがほとんどない。
そうとすれば、この治療に関連して今私たちが世の中に対して行わなければならないことは、免役療法の中にもあまりうさん臭くないものもあるのだということを出来るだけ広く知っていただくこと、客観的な治療成績を正確に開示して行くこと、そして民間の医療保険も含めて患者さんの直接負担を何とか軽くする道をひらくことだと思っている。
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